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出世鳥“青雉” こぼれ話 

【出世鳥 “青雉”】 キジ 記事を書いていたさなかに、
あるいはそれに関連する情報を収集するべくコミックスをチェックした際に
気づいたり思いついたり疑問に思ったりした副産物の寄せ集め。

上文や記事タイトルのとおり、
本当にこぼれ話程度のものなので、過度なご期待はなさいませぬよう。

ネタバレは第594話まで。
コミックス未収録 (2010.9.5現在) なので、コミックス派の方はご注意ください。
 
 
 ■ ろくな奴のいない一族
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「ろくな奴ァいねェな… この一族は」

当初、この 「一族」 を “D” の一族のことと読んでしまい、
センゴクがクザンを元帥に推薦したのは、他2名の大将が知らない “D” の秘密を知っているから、
あるいは他2名より深く知っているからでもあるのでは…という仮説を組み立てようとしていました。
しかし、よくよく考えてみたら、
これは 「モンキー一族」 のことを指しているのではないかと気づいてボツに。
とはいっても、確証となるような発言や描写があったわけではありませんし、
後者が正しいと決まったわけでもないんですけどね。
ただ、クザンが今なお 「親友」 と呼び、
自らの手で死に追いやってもしまったサウロが該当する “D” を、
「ろくでもねェ」 呼ばわりすることはないかな、と。

一方、「モンキー一族」 は
“海軍の英雄的自由人” や “世界最悪の大犯罪者” 、“世界政府を侮辱した海賊” など、
確かに問題児だらけ…どころか問題児だけであり、「ろくでもねェ」 とされるにふさわしい
もっとも、“英雄” であり “恩人” でもあるガープに向けていい言葉ではありませんが、
言ってること自体に間違いはないのでまあ妥当な評でしょう。
勝手に出かけて、本部や “五老星” を大騒ぎさせてる男が言うことかどうかはさておき

まあクザンが指していたのが “D” であったにせよモンキー一族であったにせよ、
どのみちこの親子三代は含まれるわけですが。


 ■ あなたについてどこまでも 家来になって行きましょう…か?
 onepiece_47.jpg onepiece_48.jpg
「後の大将青キジ」 「後の大将 “赤犬”」

上は、20年前の “オハラ事件” 回想内に登場した、
当時のクザンとサカズキの紹介キャプションである。
まず、この時点での彼らはまだ中将であるため、「後の大将」 は問題ない。
しかし、現在の二つ名でもある “青雉 (青キジ)” “赤犬” までもが
「後の」 とされている点に注目したい。
(“赤犬” の方だけダブルクォーテーションでくくられていることに意味はないはず)
つまり、20年前の時点では、
彼らは現在のような桃太郎戦隊な呼び方はされていなかったということになる。
もしされていたのだとしたら、
この場でも 「“青雉” クザン (後の大将)」 というようなキャプションになるはずだ。
となれば当然、件の桃太郎戦隊な二つ名がつけられたのは、
ボルサリーノも含めた3者がいずれも大将になってからということである。

「赤」 「青」 「黄」 の色の方はまあ、
たまたま 「マグマ」 「氷」 「光」 という3者の能力が綺麗に当てはまったからだとして、
「犬」 「猿」 「雉」 はいったいどこから来たのだろうか
大将就任以前は呼ばれていなかった以上は、それぞれ個々に
「犬」 「猿」 「雉」 なる呼び名がつけられるような要素や事例があったわけではなく、
彼らが大将の座に揃ったことで使われ始めたということになる。
三大将には代々これらの語を二つ名に含むという慣例でもあったのだろうか。
だとるすと、センゴクが “仏犬” と呼ばれていたり、
コングが “雉” と呼ばれていたりした時期もあったのだろうか。

いずれにしても、よりによって犬猿雉とは、
たとえ 「3人」 という数字にちなんだという経緯があったとしても、
ちょっと尋常でないセンスである。
特定の人物による命名にせよ自然発生にせよ、この二つ名が定着し、
本人たちも納得して受け入れている (らしい) という現況もまた、並大抵ではない
「3」 にちなんだモチーフなどいくらでもあろうに、
大将の座にまで昇りつめながらそんな名で呼ばれるなんて、私なら嫌だ。
特に 「日本の三神器の名を冠した技を操るイエローモンキー」 など、
尾田先生何か含むところでもあるのかと勘繰ってしまう。

と、そんな余計な心配はさておき、こうなると当然、
気になってくるのは彼らの頂点に立つべき 「桃太郎」 だが、上官であるセンゴクは “仏”。
また、「桃」 の文字を名に冠し、いかにもそれっぽい雰囲気に思わせた戦桃丸は
何故か科学者のボディガードであり、しかも見た目は金太郎である。
くま (熊) を従えていることからしても彼はどうにも金太郎の要素が強く、
桃太郎のイメージは結局 「桃」 の一文字にしかない。
ゆえに彼は別に桃太郎関係なく、桃太郎はまだ別な形で登場するのかもしれないし、
全く関係のないまま話は進んでいくのかもしれない。

とまあ、由来があるのかないのかすらよくわからない現状なので、
思いついたはいいけどこの程度のお話にしかならなかったのですよっと。
犬と猿と雉が一致団結して “鬼の子” を討ったのがマリンフォード戦争なのだとしたら、
ますますもって桃太郎の立場がないのですよっと。


 ■ スモーカーの求める “地位”
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「自由にやるにはこれ以上の地位はいらん」 とするガープと、
我を通すため 「必要なのは “地位”」 とするスモーカー。
“地位” は我を通したり好き勝手やったりするためのものなどではない
という良識はこの場ではさておくとして、
こうして両者の発言と認識を並べてみると、
スモーカーの求める答えのひとつが、ガープの階級 “中将” であることがわかる。
大将以上では重すぎ、少将以下では軽すぎるとしたのがガープの判断であり、
実際にそれをよしとしてその地位に留まっている以上、
スモーカーにとっても参考になる話のはずだ。

大将ともなればむろん発言力や権限は絶大ではあるが、
その一方で責務や拘束も、“最高戦力” としての立場やバリューはもちろん、
頭数の面でも10を越える枠 (16?) のある中将とは比較にならないはず。
ガープが嫌った理由も恐らくそこだろう。
誰だってシャボン玉かぶって鼻ほじりながら 「アマス」 とか言ってる連中の私刑代行なんざ
やりたくはない
はずだ。
そんなアホな任務が3分の1の確率であたるのだ。 やってられないだろう。
むろん、中将にも “バスターコール” という責務・拘束はあるが、
それでもそれが “正義” の名のもとに行われる純然たる公務である以上は、
シャボン玉かぶって鼻ほじりながら 「アマス」 とか言ってる連中の私刑代行よりは
ナンボかマシ
であろう。
まあいずれも、そうそう滅多に発生する任務ではないところは救いだろうか。

「自由さと権限を併せもつなら “大将” より “中将”」と なりうるとはいえ、
センゴクが
「貴様が “海軍の英雄” などと呼ばれていなければ!!」
「一族全ての責任を取らせるところだがな!!!」
八つ当たり している点かも推し測れるように、
ガープが中将という地位である程度好き勝手できたのは、
“英雄” としてのそれまでの功績に拠るところが大きい可能性もある。
いくら同じ階級に昇ろうと、
成りたての中将では彼と同じように振る舞えるかどうかはわからない。
である以上、スモーカーが目指す最終目的が “中将” であるかは
結局不明としか言いようがない。
先に 「答えのひとつ」 とやや曖昧な表現にとどめたのも、
そういった理由あるがゆえのことである。

余談になるが、【出世鳥 “青雉”】 本文第594話感想 (前半) で、
私はおおむねクザンの資質を認めながらも、絶対論としては
「次期元帥として文句なくふさわしいといえる人材は現三大将にいない」 としている。
それに対して、資質というか適正に関しては案外、
現三大将よりスモーカーの方が上かもしれないと感じる部分がある。
彼は “上” に対する態度こそ模範的とは言いがたい…というか明らかに反抗的で、
ダメな大人の典型例にも映る。
が、その一方でたしぎなど配下に対する上官としての姿勢は
威厳、厳正さ、公正さ、寛容さ、柔軟さがバランスよく揃った、思いのほか優れたものであり、
アラバスタでの一幕も含めて統率力や人望は上々といって差し支えない。
つまり、中間管理職としては問題だらけであっても、
最高権限の保有者としては意外なポテンシャルを秘めている可能性があるのだ。



以上3点、【出世鳥“青雉”】 の副産物的テキストでした。
今後、有力な新情報や材料が出てくるようなことがあれば、
真っ当な考察文として再構築することもあるかもしれませんが、現状ではまあこの程度。


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